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「ひむかいの塔」

碑 名 ひむかいの塔
所在地 沖縄県糸満市米須西原
日本本土の防壁となって苛烈を極めた沖縄戦の最後の激戦地であり、また宮崎県出身の将兵が最も多く戦没されたこの地を選んで建立したもの。
所有者 一般財団法人宮崎県遺族連合会
日常の清掃維持管理については、上記連合会の委託により公益財団法人沖縄県平和祈念財団が行っている。
建立の経緯
昭和39年11月 県議会より本県慰霊碑建設の発議
昭和40年 3月 宮崎県沖縄戦没者慰霊塔建設奉賛会発会
   同年 6月 公募により慰霊碑の名称を「ひむかいの塔」に決定
   同年11月18日 ひむかいの塔除幕式並びに追悼式
沖縄戦域の戦没者を合祀
以降、毎年11月18日に追悼式を開催。
昭和45年 7月 塔域の整備改修
   同年11月18日 沖縄以外の本県出身外地戦没者を合祀
合祀柱数 31,237柱
  沖縄戦没者    1,848柱
  沖縄戦域以外の戦没者   29,389柱
規模 敷地総面積1,113平方メートル
慰霊祭(追悼式)の時期 毎年11月18日

「ひむかいの塔」の由来

 慰霊碑の名称は、公募により決定された。
 命名者によると、「ひむかいの塔」の「ひむかい」は、宮崎県の古名「日向の国=ひむかひの国」に由来し、これに平和の象徴である太陽に向かうという世界平和を祈念する意味を込めて「日に向かう=ひむかい」と命名されたとのこと。

「ひむかいの塔」の設計思想

 塔の本体は、本県延岡市産出の自然石を用い建立したもの。塔の本体が横たえて安置されてあるのは、御霊たちの安息されたお姿を象徴する。
 また、塔域は暑さの厳しい沖縄の地にあって、御霊たちが静かな樹陰で安らかにお鎮まりいただけますようにと、緑化・植樹がされている。
ひむかいの塔
追悼式の様子
ひむかいの塔での追悼式の様子ひむかいの塔での追悼式の様子
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ひむかいの塔
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