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<碑 名> 都城特別攻撃隊はやて慰霊碑
<所在地> 都城市都島町380
<所有者> 国(九州財務局宮崎財務事務所内)
<建立時期> 昭和52年11月15日
<合祀柱数> 81柱、掩護隊員多数
<慰霊祭(追悼式)の時期> 年1回 4月6日
<特記事項> 昭和20年の沖縄戦において、南九州の陸海軍航空基地からは、爆弾と片道燃料だけを積み込んだ特別攻撃機が、日夜続々と出撃していきました。 当時、都城市の郊外には東・西飛行場があり、昭和20年4月、この基地から初めて四式戦「疾風」特別攻撃隊が沖縄周辺の目標めざして、南の空へ飛び立っていきました。 以来、7月1日まで十七次に及ぶ出撃が行われ、未だ少年の面差しを残す20歳前後の若い特別攻撃隊員が出撃していきました。 戦後32年の歳月と変容によって、基地一帯は当時の面影を偲ぶよすがもありませんでしたが、33回忌を迎えるに至って、隊員の遺族や各方面に慰霊碑建立の気運が高まり、昭和52年の建立となりました。 アフリカ産の黒みかげ石で、都城陸軍東・西飛行場から出撃した特攻振武隊はやての状況などが刻まれています。
<詳細の問い合わせ先> 都城市特別攻撃隊戦没者奉賛会(都城市障害福祉課内) 電話:0986−23−2980 |
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緯度 : 31.72002690 / 経度 : 131.04882717 / ズーム : 13
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