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庄内空襲之碑

  [46] 庄内空襲之碑
<碑 名>
 庄内空襲之碑

<来 歴>
 この碑は、平成7年8月に庄内小学校同窓会有志を中心とした多くの協力により建立されたものです。
 昭和20年当時、庄内小学校は日本軍の兵舎や食糧倉庫となっていたことから、同年8月6日正午前に米軍による機銃掃射や焼夷弾の攻撃をうけました。
 大講堂や二階建ての校舎など4棟が焼失し、さらに西区、町区の民家も被弾や延焼により72戸が戦災に遭いました。

<所在地>
 都城市庄内町(庄内小学校横)

<所有者>
 不明

<建立時期>
 平成7年8月

済南事変戦死者之碑

  [39] 済南事変戦死者之碑
<碑 名>
 済南事変戦死者之碑

<来 歴>
 済南事変の戦死者を合祀するために建立された碑です。

<所在地>
 都城市都島町380番地(都島公園内)

<所有者>
 国(九州財務局宮崎財務事務所内)

<建立時期>
 昭和4年

<詳細の問い合わせ先>
 都城市障害福祉課

軍馬建立之碑

  [37] 軍馬建立之碑
<碑 名>
 軍馬建立之碑

<来 歴>
 日中戦争から太平洋戦争にかけて日本全域から動員され、徴用従軍した軍馬は約10万頭と言われていますが、戦死・病死した軍馬は一頭も故郷へ還ることが出来ませんでした。
 そこで、日中戦争並びに太平洋戦争に動員された軍馬の慰霊並びに占領軍により徴傭された軍馬の顕彰を行うため、終戦40周年の記念事業として、軍馬慰霊顕彰碑が建立されました。
(陸軍墓地内には、この他にも昭和10年と昭和18年に建立された軍馬記念碑があります)

<所在地>
 都城市都島町380番地(都島公園内)

<所有者>
 国(九州財務局宮崎財務事務所内)

<建立時期>
 昭和60年11月

<詳細の問い合わせ先>
 宮崎県軍馬顕彰会

慰霊碑(上長飯・一万城・広原地区)

  [43] 慰霊碑(上長飯・一万城・広原地区)
<碑 名>
 慰霊碑(上長飯・一万城・広原地区)

<来 歴>
 日中戦争及び太平洋戦争で亡くなった戦没者名を刻み、後世に伝えるために慰霊碑が建立された。

<所在地>
 都城市上長飯町78(小鷹神社内)

<所有者>
 小鷹神社

<合祀柱数>
 111柱

<詳細の問い合わせ先>
 上長飯・一万城・広原地区戦没者慰霊碑奉賛会(小鷹神社内)

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