平和のこころを受け継いで

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打扇地区招魂祭

  [26] 打扇地区招魂祭
<追悼式名>
 打扇地区招魂祭

<開催日>
 毎年旧暦正月24日前後の土曜日に行なう

<開催場所>
 打扇神社(延岡市北方町早中巳)

<主催者>
 打扇地区若者頭

<慰霊碑>
 招魂碑(打扇神社)

<来 歴>
 戦時中より地蔵祭と同じ日に行なわれていたと『日本唯一干支の町 北方町の文化財』には記載されている。

八峡三ヶ村地区慰霊祭

  [25] 八峡三ヶ村地区慰霊祭
<追悼式名>
 八峡三ヶ村地区慰霊祭

<開催日>
 毎年7月15日

<開催場所>
 八峡地区相撲場(延岡市北方町八峡午)

<主催者>
 八峡三ヶ村地区の老人会

<慰霊碑>
 殉国慰霊碑(八峡三ヶ村地区)

<来 歴>
 慰霊碑が建立された昭和48年から行なわれている。

曽木地区招魂祭

  [24] 曽木地区招魂祭
<追悼式名>
 曽木地区招魂祭

<開催日>
 毎年春に行う(区内の話し合いにより決定)

<開催場所>
 慈眼禅寺(延岡市北方町曽木子1752番地)

<主催者>
 曽木地区

<慰霊碑>
 招魂碑(慈眼禅寺)

<来 歴>
 招魂碑が建立された明治39年より行なわれている。
 胤康禅師供養祭と共に行なわれている。

延岡市戦没者合同慰霊祭

  [22] 延岡市戦没者合同慰霊祭
<追悼式名>
 延岡市戦没者合同慰霊祭

<開催日>
 毎年4月5日

<開催場所>
 野口記念館

<主催者>
 延岡市戦没者合同慰霊祭奉賛会(会長 延岡市長)

<来 歴>
 延岡市の戦没者並びに空爆犠牲者の御霊のご冥福を祈ることを目的として、毎年4月5日に開催している。
 ※明治39年2月に招魂碑(明治37、8年戦没戦病者招魂碑)が建てられ、郡内戦病死者の霊を祭り、毎年4月5日にその祭典が行われてきた。(50年史)
 その後、戦後の自治制度の変革や社会情勢の変化に伴い、新たな慰霊塔を建てて市内関係者の霊を祭ることとなった。
 なお、慰霊対象の戦没者数は5,111柱(西南の役死亡者を含む)、延岡空爆犠牲者(S20,6,29)320柱である。

延岡空襲殉難慰霊祭

  [23] 延岡空襲殉難慰霊祭
<追悼式名>
 延岡空襲殉難慰霊祭(法要)

<開催日>
 毎年6月29日

<開催場所>
 延岡市山下町2丁目3998番地イー丙 今山公園弘法大師像前広場

<主催者>
 今山大師 

<慰霊碑>
 太平洋戦争 延岡空襲殉難碑

<来 歴>
 昭和20年6月29日未明の延岡大空襲により多数の犠牲者を出した。その犠牲者の御霊を慰めるため、大空襲のあった6月29日に遺族らにより、毎年、開催されている。
 ※延岡大空襲:6月29日未明、B29爆撃機により50万個の焼夷弾が投下され、市街地は大きな被害を受け、多数の犠牲者を出した。
 なお、延岡大空襲による戦没者は、320柱である。
 「太平洋戦争・延岡空襲戦災記」に詳細記載あり
 (延岡市立図書館保管)

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