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宮崎の戦争記録オンラインミュージアム
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平和祈念資料展示室

入営・出征

日中戦争から終戦までの間に、宮崎県内では陸軍に12万人、海軍に3万人が召集された。徴兵で陸軍の歩兵に召集されると、ほとんどの男子(壮丁)は都城の部隊に入営した。海軍では志願制をとっていたが、戦局が厳しくなり人員の損耗率が高くなると、徴兵も行った。県内出身者の大半が佐世保の海兵団に入団し、水兵としての基礎教育を受けた。陸軍の兵士は、中国大陸から南方のブーゲルビル島へ移り、絶望的な戦闘をくり返した。満州に召集された兵士は、戦後、シベリアに抑留された。海軍の兵士は、南太平洋から東南アジアが主戦場となった。昭和20年8月15日終戦、県内の戦没者数は、陸軍が2万8千人、海軍が8千200人であった。
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呼出票
満州農産公社の社員として勤務時、召集通報人から吉林支社に呼出され、現地召集が発令されたことを通知された。
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馬匹徴発告知書
昭和20年(1945)5月、米軍の九州上陸に備えて陣地を構築するため、7歳の老馬も荷運び用に徴発された。終戦後、この馬は帰ってこなかった。
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のぼり旗
海軍海兵団に入団時、町内会の人々が最寄の駅まで見送りに使用したのぼり。
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たすき
陸軍入営時、大迫町内会(宮崎市)から贈られたもので、部隊に到着するまで着用した。
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出征餞別控え
陸軍入営時、入営者の家族に見舞いとして贈られた品目の控え。当時、金銭を贈るのが一般的であったが、鶏や卵、寿司、豆腐など食料品が贈られている。
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奉公袋
召集令状、軍隊手牒、下士官適任書など入営に必要な書類のほか、私服類を送り返すための油紙、麻ひも、荷札などを入れ、出頭する部隊まで手に提げて移動した。
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千人針
桜花に忠誠の文字がある。
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千人針
入営時、国富町の方々の手により作られた腹巻形もの。
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千人針
昭和13年5月25日、都城歩兵第23連隊入営時に贈られたもの。両端は「日の丸」、武運長久の文字の上に「神柱神社」の朱印が押されている。
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千人針
虎年生まれの女性は、年齢の数だけ玉留ができることから、千人針の依頼が殺到した。虎の図柄の上に「神柱神社」の朱印がある。
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