戦争を体験したひとびと
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空襲

高鍋町 女性
 昭和20年5月のある日のことです。毎日毎日の空襲で外出も出来ず家にこもるのみの日々でした。当時主人は満州の方に召集されていましたので、私は覚照寺の坊守として留守をあずかり、夫の母と子ども4人で生活をしていました。
 ちょうどその日は、川南平田地区に葬儀があり朝10時項家を出て鬼ヶ久保から国道にかかった頃のことでした。その当時は国道には大きな松並木が続いていました。空襲のないことを念じながら行く途中とうとう11時前空襲が始まりました。
 蚊口の方へ次々と敵機は私の上を通ります。私は松の木の根元に隠れながら残した家族の無事を祈っておりました。それはそれは長い時間でした。
 やがて空襲も静まりやれやれと行く途中、村の方々が敵機から落とされた紙片を見ておられるのに出合いました。それは米兵と日本の子供が仲良く写っている写真です。また別の紙片には、「ナカヨクシマショウ−。降参しなさい。」と、書かれたものでした。
 急ぎ足で平田の家に着いたのは午後1時過ぎ、村の方々と手を取りあって泣きながら無事を喜んだことでした。
 葬儀も終わり5時過ぎ自転車で送っていただき小丸橋まで来ると、橋のたもとまで4人の子供が迎えにきていました。「ばあちゃんは大丈夫」と聞き、走りながら無事家に着きました。長い長い恐ろしい一日でした。
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