戦争によって遺されたもの
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都城市/凱旋記念都城飛行場跡(西飛行場跡地)

来 歴 昭和52年11月15日に、都城市特別攻撃隊戦没者奉賛会が建立。

都城西飛行場は、昭和8年都城歩兵23連隊が満州事変から凱旋したのを記念して、昭和9年末に一般市民及び諸団体の勤労奉仕等により建設されたもので、ほぼ正方形をしており対角線上に舗装のない滑走路があり、その長さは昭和20年4月頃までに1200メートルまで延長された。
昭和17年4月には、民間航空機要員の養成を目的とした逓信省航空乗員養成所が設置され、九十五式一型乙中間練習機(赤とんぼ)による訓練が行われていた。
昭和20年3月には、南九州の各基地には来る沖縄戦に備えて飛行部隊が集結しており、都城東・西飛行場には第100飛行団、四式戦(疾風)装備の飛行第101、102戦隊及び特攻二隊が展開してきた。
同年4月6日に第101,102両戦隊からの志願者10名(第一特別振武隊)のうち8名が第一次航空総攻撃にあわせて、4月12日に第一特別振武隊の残り2名が第二次航空総攻撃にあわせて飛び立ち、若い命を散らした。
同年4月27、28日の西飛行場連続の空襲では、多数の特攻機及び建物が直撃を受け、死者18名を出した。また、時限式爆弾のため復旧作業も出来ず、第五次航空総攻撃にあわせて飛び立つ予定であった第61振武隊は、急遽東飛行場へ転進し、飛び立っていった。
以降、出撃は都城東飛行場からとなり、同年8月15日終戦を迎えた。
〜説明板より抜粋〜
詳細の問い合わせ先 都城市特別攻撃隊戦没者奉賛会(都城市障害福祉課内)
痕跡の所在地 都城市都原町29−2 市営都原団地内
所有者名 都城市
連絡先 0986−23−2980(特攻奉賛会事務局)
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